Life Partners ~2010年代の都会の女子、30歳を前にしての悩み

Life Partners

親友といるのが1番居心地良くて、特定の相手はいなくて、将来についてまだ未定で、でも30歳が近づいてくるから何かいろいろ考えちゃってうまくいかない…って話。親友のうち、ひとりはまだ学生気分のままでふらふらしているけど、もうひとりは地に足つけて次の段階へ進んでいるってのは最近だと『フランシス・ハ』を思い出すけど、そういえば、『ゴースト・ワールド』もそんな話だったよねって思い出した。ただ、『ゴースト・ワールド』は高校卒業と同時にその問題が迫ってくるのに対して、『フランシス・ハ』やこの映画では30歳を前にしてって年が違う。それが、郊外と都会(NY、LA)の差なのか、2001年の映画と2010年代の映画の差なのか?まあ、2010年代の都会の女子は30歳を前にしてそういう悩みに直面している割合が高いってことは確か。

Life Partners

FrancesはNYの子なので、移動は徒歩(走り)か地下鉄だったけど、LAのSasha(Leighton Meester)とPaige(Gillian Jacobs)の移動手段は車(2000 Ford Focus / 2010 Toyota Prius III via)。信号待ちでのけんかや、ながら運転による事故、ドライブスルーなど車がらみのねたも豊富。

Life Partners

そして、この物語が少しねじれているのはSashaが同性愛者ということで、ゲイパレードやレズビアンネタのつっこみ(レズビアンには何でJenって名前が多いの?とか)が描かれている。Sashaは親にすでにカミングアウトしてるのかどうかわからないけど、親はミュージシャンの夢を応援していて、お金の補助もしている。お金の問題と言えば、Paigeの方は母親と一緒にランチしたときに、それまでは自分の分も払ってもらってたのに、割り勘になったことが変化だと言っていた。将来は自分が養っていかなくてはいけないってのを実感して慌てていた。この作品は、置いていかれる側だけでなくて、次の段階へ進もうとしている方の悩みも描いているところがよかった。

Life Partners

いままで2人でしていたことを3人でやってみても、それはやっぱり2人のときとは同じでないから、同じ居心地のよさや楽しさは感じられない。ピンクのワインを飲みながら、リアリティ番組を見たり、子どもの頃の遊びをしたりってことができなくなることで自分の大切な一部を失う寂しさ(ガールズナイトはリアリティ番組を見るのがお決まりなのかな)。

年を重ねるとまわりには結婚や長く特定の相手と付き合っている友だちが増えてきて、そういう子たちは相手同伴で集まることが増えて、シングルの友だちはその中には入りにくいから、シングルはシングル同士で集まることが増える。そうやって、仲良しのグループが変わっていくことがある。今、東京にいる私もそういうのを実感する。だからこそ、『フランシス・ハ』やこの映画がすごく響く。変わっていくことを受け入れて、それでも自分らしく生きていく希望をもらえる作品。

Paigeが付き合う相手のTimはもう本当に男の子(文化系寄り)って感じの人で、それをAdam Brodyが演じてるから好感度が上がった。共演のレイトン・ミースターとアダム・ブロディが結婚したとき、ブレアがセスと結ばれた!って海外ドラマファンとしては興奮したけど、この映画でのレイトン・ミースターはお姫様感ゼロで、さっぱりしたいまどきの女の子を好演してた。

Gimme Shelter / ギミー・シェルター ~最貧困女子が貧困から抜け出す方法

Gimme Shelter

Agnes 'Apple' Bailey(Vanessa Hudgens)は、ドラッグ中毒で売春婦の母親(Rosario Dawson)の下、施設や里親の家を転々としてきたが、今は母親のところにいる。そんな彼女が会ったことのない父親(Brendan Fraser)からの手紙を頼りに、何も持たず家を飛び出すところから始まる。お金がないから歩いて移動し、夜は鍵の開いていた車に忍び込んで寒さをしのいだりする。そうしてたどり着いた父親の家はオートロックの門がある豪邸。父親には新しい家族がいた。彼の奥さんはいい顔しなかったけど、Appleを泊めてくれた。そこで、Appleが妊娠していることが判明する。中絶を勧められて手術に向かうとき、Appleはまた逃げ出した。そして、路上生活の末、交通事故に遭い、次にたどり着いたのは未成年のシングルマザーが集まる施設(シェルター)だった。

『最貧困女子』の著者の記事を読んで、この映画の環境と似ているものがあると思った。

いっぽう、貧困だと、たとえば仕事もない、それから絆もない、そもそも教育を受けていない。自分自身が自分自身を嫌っているので、生きていくモチベーションも沸かない。そういう状況ですよね。
最貧困女子のリアル鈴木大介×荻上チキ

Appleは何も持っていなかった。幸せを信じられる環境にいなかった。生きる目的を見出すためにもがいていた。

捕まれば、結局連れ戻されるのは虐待される家だとか、帰りたくない施設だとかなわけです。

なので、嫌なところに連れて行っちゃう人、教条主義を押しつけてくる人、制度についてそういうものとセットで捉えてしまっているんですね。

鈴木 そうですね。彼女らっていうのは不自由の中で生きてきて、路上で生活をするだとか、売春をするだとか、非行に走るだとか、そういうことをするなかで、当然自由も得ているわけですよね。なんですけれども、押しつけられる支援にかんしては、そこに不自由がいっぱいあるので……。

施設に集まる女の子たちの中にも、そこで居場所を見つけられる子と見つけられない子がいた。

そもそも親の支援があったら貧困じゃない。でも、支援する親がいない。親との関係性が破綻している。親そのものが貧困である。そういう生い立ちと20代30代でメンタルを壊していくことは明らかに符合して被るものなので、ダブルでくるワケです。毒親とメンタル失調率ってリンクしていますから。

「女性も自立すべき」という風潮が貧困を生む ―『最貧困女子』著者が語る、負のスパイラル構造

Appleと母親の関係は破綻していた。話がそれるけど、ロザリオ・ドーソンの演技はすごかった。迫力がありすぎて、怖かった。
父親とはそれまでは関係がなかったけど、Appleが会いに行ったことで、徐々に変わっていった。その関わりがあったことが、Appleにとってはすごい大きな差になったんだと思う。

やっぱり、都市部の女性も最大のリスクは孤独だと思うんです。とにかくいろいろ相談できる、腹を割っていろいろ話してお互いの論を深めていけるような人間関係を構築する必要があるのではないでしょうか。

マイルドヤンキー世代が低所得ながらもQOL(生活の質)が高いとされる所以は、この仲間内、親族間の絆が強固で助け合いのシステムが盤石であるからなんです。

貧困対策はマイルドヤンキーから学べ 『最貧困女子』著者が語る、不安な社会でリスクを軽減する方法

Appleが自分のために赤ちゃんを産んだって考え方もあるけど、この施設で生まれ育つ子どもが不幸になるかどうかは、その後を見ていないからわからない。でも、路上でひとりで生むよりは、支え合う仲間がいる環境のがいいってことがわかった。施設に集った女の子たちは仲間になることで、それまでにない環境を手に入れた。

もうひとつは、公務員に過大な期待をしないこと。誰だって面倒なことには巻き込まれたくないし、彼らはそのための特別な訓練を受けているわけでもない。

だが世の中には、面倒なひとたちとかかわってなんらかの援助をしたいと考える奇特なひともいる(ここで紹介した著者たちもそのなかに入るだろう)。だとしたら福祉を公務員に任せるのではなく、民営化によってより多くの奇特なひとたちが市場に参入できるようにすればいい。

私は10年ほど前にニューヨーク市の福祉制度を見学したことがあるが、そこではホームレスへのサービスがNPO団体などにアウトソースされていた。福祉はボランティアではなくビジネスで、参入希望者は企画書を市に提出し、それが認められて予算が下りると廃ビルなどを改築してホームレスシェルターなどを開業する。その成果は毎年点検され、利用者の満足度が低い施設は予算を削られたり、廃業を迫られたりする。

福祉を民営化すれば、奇特なひとがビジネスとして、社会から排除された面倒なひとにさまざまなサービスを提供できる。日本では生活保護制度を悪用した貧困ビジネスが問題になったが、ニューヨーク市のように競争原理を導入すれば悪質な業者は淘汰されていく(インターネットを活用して業者の評判を可視化してもいいだろう)。


風俗嬢にもなれない「最貧困女子」問題の解決法とは?[橘玲の世界投資見聞録]

何も持たなかった女の子たちにとって、施設が有効な場所だったんだとしたら、こういう活動が広がれば、もっといいのかなと思った。

Gimme Shelter

自分の存在価値を見出せず、他人を信用できずにいたのが、人と共に生きることを知って、心の貧困からは脱したエンディングだったと思った。

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How I Live Now / わたしは生きていける ~生きるために必要なこと

How I Live Now

主人公のDaisy(Saoirse Ronan)は、父親の再婚によって半ば絶望していた。幻覚が聴こえ、薬を必要とし、目の前のことに積極的に参加しようとする気にならなかった。それでも、そんな彼女を受け入れて仲間にしようとしたいとこたちとの関わりによって変わっていく。生きがいができた。それは恋だった。Eddie(George MacKay)がDaisyにとってのエドワード・カレン。世界が戦争中だって関係ない。彼女の頭の中では、Eddieは少女漫画みたいに花を背負ってキラキラ輝いている。

反対に、近所に住んでいるいとこたちの仲良しJoe(Danny McEvoy)は、戦争になって希望が持てなくなってしまった。それまでは、虐待されていても、結局は家へ帰っていった。戦争が始まったら、どこにも行くところがなくなってしまった。Joeの絶望した最後が悲しい。

生きるためには理由がいる。そして、それは希望である方がいい。絶望していたら生きられない。Piperはまだ幼くて、考えなくても生きている。自我が芽生えて、生きることを考えるようになったら、理由が必要になる。それが、平和な日常で、住むところや食べるものに困らない生活だったら、特別考えなくても生きていけるものなのかも。でも、戦争になって、死をすごく近くに感じる状況になったら、死にたくないという思いが出てくるものみたい。死にたくない理由が生きるための理由。

逃走中、DaisyがPiperの声がうるさいってどなる場面があるけど、あの声がなかったら辛くて見てられなかったと思う。Harley Birdは、子どもらしい自然な演技で、顔がかわいすぎないところがよかった。Tom Hollandは、活発な次男の役。体の動きがいちいちきれい。『インポッシブル』のときも走ってるときの足がきれいだったな。

シアーシャ・ローナンは、無機質な美しさがある顔立ちで、人間味のない役が似合うなという印象だったから、恋愛に溺れるような役柄でどうなんだろ?って思っていたけど、心配いらないうまさだった。しかも、その乾いた佇まいのおかげで、恋愛ドラマ色が強くなりすぎずに、緊張感も高まっていてよかった。

予告編を見たときはジョージ・マッケイを認識していなくて、Eddieはもっと大人の男で強い人なのかと想像していた。けど、ジョージ・マッケイは繊細な人。それがクールなシアーシャと合わさると、さらに恋愛ドラマ色が薄まって、文科系度が強まる。イギリスの彩度の低い色彩ともあっている。

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Men, Women & Children / ステイ・コネクテッド~つながりたい僕らの世界 ~インターネット社会の子ども2

Men, Women & Children

高校生たちとその親を中心に、インターネット社会の家族や友人など人と人のつながりについてを描いた映画。『Disconnect』よりも日常に近い場面が描かれていて、派手なドラマが少ない。宇宙から見た視点とナレーションで、外側から覗いている距離感。

9 Ways Ansel Elgort's 'Men, Women and Children' is Identical to 2012's 'Disconnect'
予告編からこの2作品の似ている部分を指摘

中心となる高校生が5人登場する。

ブランディ(Kaitlyn Dever)の母親(Jennifer Garner)は、子どもにスマホやコンピュータを与えているが、GPSで居場所を監視したり、通信内容を記録して細かくチェックしている。すべては、子どものためという正義感。母親にとっては、オンライン上の顔が見えない人はすべて敵。もしも、娘が家につれてきて紹介した人ならそんな風に思わないだろう。見えない、わからないこと=恐怖と決め付けている。ブランディはその環境を半ば受け入れつつも、自分の居場所を求めている。

ティム(Ansel Elgort)は、母親が家を出て行った後、自分の存在価値について考えるようになり、今やってることがちっぽけで意味のないことに思えたからフットボール部を辞めた。チーム以外に友達がいなかったので、学校で孤立してしまう。父親は息子がフットボールをやらなくなったことを心配するが、母親の話は家ではタブーのようだ。ティムは、オンラインゲームにはまっている。そこで出会う他人は、自分の話を聞いて返事をくれる。

まるまるとした家族たちと食卓を囲むことを拒む、チアリーダーのアリソン(Elena Kampouris)。目の前に友達がいるのに、スマートフォンに向かう。テキストでやり取りすれば、その場にいる相手に聞かれずに同時進行の会話ができる。陰口がオンライン上で言われる。だけど、片思いの相手であるブランドン(Will Peltz)と、同じ空間にいてもオンライン上でしか会話できないことが嫌。彼女は最後まで本音を口に出さなかった。

有名人になりたいハンナ(Olivia Crocicchia)は、自身も芸能界志望だった母親(Judy Greer)の協力の下、自分のウェブサイトをつくって積極的に活動する。オンラインの世界ではこれまでよりも簡単に有名になることができる。ファンができ、セレブリティになった感覚になる。注目されることがうれしく、その興味を引き続けるために、ウェブサイトに載せる写真がだんだん過激なものになっていく。親子でそれにのめりこんでいるから、誰も止められない。

クリス(Travis Tope)は夫婦間が冷めていて、オンラインで出会いを求めるようになる両親(Adam SandlerRosemarie DeWitt)の息子。ハンナと研究グループになり、彼女のオーディション用のビデオ編集をやってあげる。それで、「あんた結構使えるのね」って彼女にご褒美をもらう。ここは、コンピュータが普及したことの利の部分だと思った。

親にオンラインの世界を奪われたブランディは、本を読む。それはいいことだけど、『つながりっぱなしの日常を生きる ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの』を読んで、それとオンラインの世界への関わり方についてはまた別の問題だと思った。

前の世代の親たちは、ティーンが長時間ぶらぶら過ごしたり電話でおしゃべりしたりするのにやきもきしていた。今日のティーンは固定電話に長い時間を費やしたりはしないが、それでも彼らはなお会話を続けている――SNSのサイトで近況を確認し、写真や動画を投稿し、友達にテキストメッセージを送ることで。娯楽と社交の両方が、ティーンがオンライン活動に多大なる労力を注ぐ重要な動機である。

誰かとつながりたい。現実世界でそれができればいいけど、できないからそれを求めてオンラインの世界へいく。(宿題、習い事などの時間的な問題、子どもだけで家の外へ出ることを禁じられている場所的な問題、実際に話ができる友達がいない問題などによって)

そして、人生の優先順位で社会の中で他人と関わることが1番だとしたら、勉強するよりも、家族と過ごすよりもオンラインの世界へ行ってしまうのはわかる。社会へのつながりを経たれる=生きる意味を失ってしまう。

この映画では、手をかけすぎている(過保護)か、、無関心(放任)の親が描かれている。インターネットとの付き合い方について、親と子が話し合いで決めるのではなく、親が一方的に押し付けている場面が多い。あれもだめ、これもだめ。(私はあなたを心配しているのよ=心配かけないで)。もう忘れろ。その話はするな。(その話をしないでくれ。俺が耐えられない)。親が辛い、苦しいことは、子どもだって辛いし苦しいはずなのに。

子どもがそれでも親の言うことをきいている風に振舞うのは親のため。子どもは親が自分のことを心配しているからそうしてるってわかってる。そして、親が好きだから(好きになってほしいから)、そうする。この映画の家族は、この関係は壊れていない。

何か心配なことがあったら、話し合って相手を理解することが1番いいと思った。お互いに無言やすれ違いだったり、一方通行の押し付けでは、両者は幸せになれない。特に、家族の場合、合わないと思ったら離れればいいって訳じゃない分。

本を読んでわかったのは、インターネット社会になったからこうなったのではなく、子どもたちはいつも大人たちの社会を見ている。その社会でやられていることを自分たちの小さな社会で実践する(それはたいてい学校の中)。これまでも行われていたことが、インターネットという新しい道具が出てきたことによって、見え方が変わったということ。だから本質は変わっていない。気にしなければいけないのは、その子自身で、その子のインターネット社会ではないということ。

孤独を抱えていて、自分の居場所を探していたブランディとティムが出会ったのがモールだったというのが興味深い。

『ショート・ターム』でも印象的だったケイトリン・デヴァーは、今回もよかった。アビゲイル・ブレスリンを地味にして少しやせた感じで、一目見て覚えられる顔じゃないのが、使い勝手良いと思った。

背の高いアンセル・エルゴートは元アメフト部ってのが体型でわかる。得意のキラースマイルは封印して、おとなしく、無表情が多かった。だけど、やっぱり子犬顔。母性本能をくすぐる素質がある。

あと、映画を見ながら、画面上に書かれた字を読む(字幕でない)ことが増えてきたと思った。その見せ方の工夫も今後様々でてくるんだろう。

Men, Women & Children

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参考になる:
アメリカのテキサス大学に通っている19歳によるSNS批評
まだfacebook使ってるの?(笑)10代によるSNS批判が正論すぎ・・・


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かぐや姫の物語 / The Tale of the Princess Kaguya ~現代の女の子を演じるクロエ・グレース・モレッツ

かぐや姫の物語

Chloë Grace Moretzがかぐや姫の声をやったので英語吹き替え版で観た。

平安時代っていう顔の登場人物の中で、目鼻立ちの整ったかぐや姫の姿は目立つ。彼女は、この時代のしきたりに合わせることに疑問を持ち、反抗する。そして感情を隠さずに、物をぶん投げ、裸足で駆ける。そんなかぐや姫の人物像について、下の記事を読んで納得した。

『かぐや姫の物語』中間報告会見で、プロデューサーの西村義明さんがこんな話をしていました。

記者:2013年にこの映画が出てくるある種の今日性というか、今出てくる映画としての“何か”を感じているか。プロデューサーとしての考えを教えて下さい。

西村:今日性ということですけど、高畑さんはご自身で「この映画は今日的だ」という発言をする方じゃないので、それはご自身で書かれた文章に「全く今日的ではない」と書かれているのかもしれません。
「じゃあなぜ、平安時代のかぐや姫なのか。」これはご自身で言っていました。「あの平安時代に現代の子を放り込んだら、彼女はどう反応するだろうか?」それは、現代の子っていうのは高畑さんが思う現代の女性であり、現代の少女であると思うんですよ、その子が反応する一つ一つの感情、思いとかっていうのは明らかに現代を反映しているとは思うんです。
『かぐや姫の物語』は完璧で美しく、虚しくて残酷な映画。

現代の女の子がタイムスリップして過去(異世界)に送り込まれたらどうなるかって話だって見るととてもわかりやすい。そして、その女の子をクロエちゃんが演じているってのも想像しやすい。聞けばすぐにクロエちゃんだってわかる、ちょっとハスキーで、時々子どもっぽい声。英語だったからそう聞こえたのかもしれないけど、話し方も普段と変わらない感じだった。今まで散々クロエちゃんのやる役柄に文句を言ってきたけど、これは合ってる役だったと思う。

髪がばさばさでこの絵だとTシャツ着てるように見える(右は黒髪のクロエちゃん)

柚木麻子「放課後文芸部――ライ麦畑の有吉弘行」
この講演で、アメリカ映画・漫画でTween(10歳前後、12歳まで)の女の子が強く、賢い、イノセント(ずっとそうはいられない)な存在として登場するとき、ロリコン対策として男勝り、わんぱくな女の子であることが多いと言われていた。そして、この無双(敵のいない)状態の女の子の例としてヒット・ガールが挙げられていた。ヒット・ガールはクロエちゃん人気に火をつけた彼女のキャリアで重要な役だ。

かぐや姫では、この無双状態の時期が描かれる。親からお手伝いを頼まれないかぐや姫は、たいてい男の子たちと野山を走り回っていて、狩りにも参加する。男の子たちからは「Lil Bamboo」(日本語ではタケノコ)と呼ばれ、最初はからかわれてる赤ちゃんだったけど、急速に成長する彼女は徐々に一目置かれるようになる。それから都へ出て、初潮がきて、成人の儀式をして、嫁入りへと成長していくとともに、わんぱくさや無敵状態はなくなっていくんだけど。

どんなクロエちゃんを見たい?ってときにヒット・ガールのイメージがなかなか離れない私のような人にとっては、かぐや姫はその延長のいい役だった。そして、現在20歳以下の女優で人気・実力とも最上級のクロエ・グレース・モレッツがかぐや姫を演じるというのは、「あの平安時代に現代の子を放り込んだら、彼女はどう反応するだろうか?」というのにもうまく合っていたと思う。日本では、オーディションで約300人の中から選ばれた人になったそうだが、英語版のジブリ映画では有名俳優が声優をやることが多い(もののけ姫:クレア・デインズ、キキ:キルスティン・ダンストなど)。

男の登場人物で1番現代的な顔の捨丸といついい感じになるのかそればっかり気になってた

ついでに、いつも比べちゃう3人、クロエ・グレース・モレッツ、ヘイリー・スタインフェルド、エル・ファニングがみんな2013年~2014年にプリンセス(ヒロイン)をやっているので見てみる。異世界から地球へ送られ赤ちゃんから少女へと急成長するかぐや姫(クロエ)。派閥争いのイタリアで悲劇の恋に落ちる14歳のジュリエット(ヘイリー)。魔法の国の隣国に生まれ、16歳の誕生日で永遠の眠りにつく呪いをかけられた純粋なオーロラ姫(エル)。誰がどの役をやってもそれなりにできそうだから、合ってる合ってないは好みかもしれないけど、この結果はおもしろいと思った。2010年に来日した際に、当時13歳のクロエちゃんは、憧れの女優にアンジェリーナ・ジョリーを挙げ、「14歳という原作の年齢でジュリエット役をやってみたい」と言っていた。ライバルと思っているかはわからないけど、ヘイリーがジュリエットをやって、エルちゃんがアンジーと共演しているのをクロエちゃんはどう思っているんだろうって考えちゃった。

絵画のように美しいジュリエット。ピンクの頬っぺたで子どもような笑い声のオーロラ

White Bird in a Blizzard ~シェイリーン・ウッドリーはいつも反抗期

White Bird in a Blizzard

『ファミリー・ツリー』、『ダイバージェント』、『きっと、星のせいじゃない。』と、Shailene Woodleyが演じる役は反抗期なことが多い。この映画でも専業主婦の母親の存在が鬱陶しいと思っている17歳の女の子を演じている。カウンセラーに話すというかたちで彼女の気持ちが語られる。奇行をくり返す母親にうんざりしていて、突然の母親の失踪も受け流す。それよりも自分自身の探求に夢中。急にそっけなくなった恋人(向かいに越してきた落ちこぼれの不良:Shiloh Fernandez)にも執着せず、年上の男(母の失踪を捜査していた警官)を誘惑して自分に自信をつける。

シェイリーン・ウッドリーが恵まれた体型を惜しげもなく披露しているのが見所でもある。シェイリーンのヌードがいるかいらないかと言えば、私はいらないと思いたいけど、シェイリーンは自然児だから気にせずやっちゃうんだろう。シェイリーンのヌードにつられてやってきた人がこの映画にぽかんとするのがねらいなのかも。

それにしてもお母さんがEva Greenって。その存在がこの物語をおとぎ話っぽくしていたと思った。

最後に謎の答えが出て、なるほど、グレッグ・アラキがこの映画をつくりたいと思ったのはそのためかってわかった気がした。でも、それだけじゃなくて、Katの親友がゲイの男の子(Mark Indelicato)と大きい女の子(Gabourey Sidibe)というキャラクターなのも魅力。配役も最高。この3人の部分だけをもっと観たい。舞台は80年代だし。

White Bird in a Blizzard

White Bird in a Blizzard

White Bird in a Blizzard

White Bird in a Blizzard

One Direction、5 Seconds Of Summer、The Vampsの来日ライブに行った感想まとめ

2015年2月は洋楽アイドルファンにとっては熱い月だったのではないかな。One Direction、5 Seconds Of Summer、The Vampsが来日。しかも1Dの前座に5SOSが出るっていうおまけつき。この3つのライブを観に行ったので、メモと感想をまとめた。

The Vamps
Connor Ball : 1996年3月15日生まれ ベース&ボーカル
Bradley Simpson : 1995年7月28日生まれ リードボーカル&ギター
James McVey : 1994年4月30日生まれ ギター&ボーカル
Tristan Evans : 1994年8月15日生まれ ドラム&ボーカル

ライブ写真がオフィシャルでなかったので富士山(ブラッドとジェームスのみ)

2/5(木) Zepp Tokyo
年齢層若い。制服姿の子も。中学生から大学生くらい。女の子が多いけど、男の子の姿も。男女グループだけでなく、男だけのグループもいた。カメラOKだったみたいで、始まったとたんすごい数のスマホが掲げられる。そのすきまをぬって見る感じ。おもしろいのが、ライブ中に、「ライブに来た私たち」自撮りをしてること。外国人のグループでそういうのは見たことあったけど、日本の若い子もするんだ。あと、動画を夢中で撮ってる子は、ライブ中にカメラロールのいらない写真や動画を消して空き容量をつくっていた。ライブ中にステータスアップしてるっぽい人もいた。(後で知ったけど、中継している人もいたっぽい)共有の文化だなあと。うちわやボード、旗、被り物などでアピールしている人も少しいた。海外のファンもやっているし、その行為は楽しいけど、スタンディングだから…って思った。グッズで、4色のペンライトを売っていたのもおもしろかった。海外のグループで色分けってあんまりないから、一目で誰が人気かってわかるの便利。昨日は赤と青が多かった印象。小さい子が前が見えないからぴょんぴょん跳ねていたりするのや、友だち同士、手をつないで「You」のところで向かい合って歌ってるところや、「この曲めっちゃやばい泣く」って言ってるのだったり、その興奮した全体の空気が楽しかった。

ライブの方は、持ち歌以外の構成がおもしろかった。カバー曲メドレー(テイラー、ブルーノ、マックルモア)。EDMをバックにトリスタンのドラムソロ。ブラッド(ドラム)とコナー(+おじさん)のエモパンクカバー(All Time Low、FOB)。「この会場にTeenagerはどのくらいいる?」ってきいて、多くの手が挙がってからのMCR「Teenager」!で盛り上がるのはOver 20…エモパンクの全盛期って2000年代後半だから、日本の現10代の子が知ってるのは難しいのかも。

知ってる日本語は「ダイスキ」だけ。それでも、それいうと大歓声。あと、投げキスで誰が1番歓声大きいか対決していたけど、今誰がやっているのかわからなくて、結局誰が勝ったかわからなかった。

ブラッドの声は特徴があるから、アコースティックでじっくり聴けたのがよかった。髪が伸びてて、カーリー度があがってた気がする。思った以上に肌の色が濃くて、ほてってピンクになったほっぺは見れなかったけど、やっぱりほっぺたの形かわいい。
ジェームスはねずみ・うさぎ系のイギリス人の顔。ひょろ長い。あと、ほとんど頭しか見えないから、ジェームスは何担当か見ててわからなかった。楽器弾いてた?最後の方は手ぶらで主にボーカルだった。
コナーのピアスの感じと、かわいい顔なのに、首が太くてがっしりしている感じがイギリスの子って感じで好き。
トリスタンはほとんど見えなかったけど、バンダナしてて、アッシュもしてることが多いから、バンダナってドラムのトレードマークなの?って思った。

5 Seconds Of Summer
Ashton : 7 July 1994  ドラム&ボーカル
Michael : 20 November 1995 ギター&ボーカル
Calum : 25 January 1996  ベース&ボーカル
Luke : 16 July 1996 ギター&ボーカル


2/25 赤坂Blitz
男女比はThe Vampsのときと同じくらい。年齢層の幅はもっと広く感じた。私の隣の子は制服のスカートの上にバンドグッズのTシャツを着ていた。今回もカメラOKだったみたいで、始まるとずっとスマホが掲げられていた。うちわやボード、旗、被り物などもいた。MCでメンバーが「バナー持ってる人は見せて、ちょっと読んでみよう」ってそれで会話できてたから、持って来た甲斐があったね。ファンの興奮の度合いも似たような感じだったけど、よりロック色が強いからか、立てノリが多く、手を振りかざすようなノリも多かった。

登場曲はAC/DC!MCはほとんどなく、次々と曲をやっていく。激しい曲をぶっ続けでってすごい(若い)。カバー曲はGreen Dayの「American Idiot」。お客さんも反応していて一緒に歌っていた。The Vampsのときよりもロック曲の反応がよかった。もう1曲はThe Romanticsの「What I Like About You」。私にはLillixのカバーの印象があった。

私がいつも観るようなロックバンドと違うなと思ったのは、ステージの広さ。ほとんどコードレスで、メンバーは自由に動き回れる。ペダルを踏んだり、チューニングしたりってのはほとんどなかった。楽器チェンジは何度かあった。アコースティックギターも使っていた。ステージ手前にお立ち台があって、背が高い上にそれに乗るからよく見える。

背が高いってのは元々知ってたけど、それに加えて脚が長い。黒のスキニーパンツに、コンバース。低めの位置に楽器を持って、脚を開いて弾くスタイル。演奏しながらくるくるまわったり、飛び跳ねたりってのは、かつてのポップ・パンク・バンドを見ているよう。彼らのやりたいことが伝わってくる。

マイケルが1番日本語ができるみたいで、他メンバーが頼っててかわいかった。かなり生え際やばい。お客さんに1番近寄ってコミュニケーションしていたと思った。ライブが好きってのが伝わってくる。5SOSの曲で1番ロックが激しい曲のとき、「このパートで最高に狂って」みたいなこと言って、自分も狂ってた。
アシュトンはお客さんを盛り上げる役目。「Say Hoo」みたいな掛け声の音頭をとっていた。めちゃ腕太いし、胸もでかい気がした。最初バンダナしてて、途中でなくなってたけど、長い髪が顔にかかる感じがセクシー。顔は写真よりも数倍かっこいい。大きな口元がちょっとハリーみたい。
カラムはよくアシュトンの方に行っていた。他のメンバーと目を合わせる回数が1番多かったと思った。そのときの笑顔がいい。とろける。顔が小さい。まゆげ。後はもっと声量があればな…。ブラッドの方がボーカリストとして独り立ちできると思った。
ルークは思ってた以上に白い。少し肌荒れがあってかわいいと思った。唇のピアスも特徴があっていい。

One Direction
Niall Horan : 13 September 1993
Louis Tomlinson : 24 December 1991
Zayn Malik : 12 January 1993
Liam Payne : 29 August 1993
Harry Styles : 1 February 1994


2/28 さいたまスーパーアリーナ
さすが!すごい人。16時開演で、13時ごろに着いたけど、もうすごい人。友だち同士、おそろいの格好でライブ仕様に気合いを入れている若い女の子たちがたくさん。男の子も多い。グッズを身につけている男の子もいて、単なるアイドルグループって感じではないのかなと思った。家族連れもいた。洋楽が小さい子からも人気があるってすごい。席は座る席だったので、まわりの様子をあまり観察することがなかったけど、スタンディングへ行った友だちからの報告では、男の子のファンも「かっこいい~」って言ってたって聞いてうれしかった。


前座の5SOSは、私のまわりもだし、スタンディングのまわりも反応薄だったそう。でも、待ち時間中もたくさんMVやCM流してたからこれから人気になるといいな。メンバー紹介でのルークへの反応が圧倒的に大きかった。「キャー」の声の高さが違った。短い持ち時間でカバーを2曲(Katy Perryの「Teenage Dream」とThe Romanticsの「What I Like About You」)やったのは、前座だったからかな。楽器を演奏していてスタンドマイク使用だったからか、ステージ上をあまり移動できなかったのが残念。その中でもマイケルは積極的に前に出て行ってた。カラムもステージ袖の端の方まで行ってた。アシュトンは動けない分、MCで盛り上げてた。一緒に行った友だちから、5SOSはみんな歌がうまいねって言われた。特にルークは本当にうまいって。(わーい)私はあの脚の長さが遠くから見てもやっぱりかっこいいと思った。身長があってスタイルがいいから、楽器を持って脚を開いてる姿(Yを逆さまにした形)が本当にサマになっててかっこいい。ライブ自体は、小さなライブハウスで見たときは、その熱気とパワーが迫ってきて、ロックっていいなってのを感じたけど、大きな会場で見たらメインストリームだって思える実力があった。音が大きくなっても聞き劣りしない。日本の夏フェスに出て欲しいと思った。


オープニング映像がかわいかった。それ以外も、モニター映像が凝ってて、かわいいものが多かった。ほぼずっと双眼鏡を装着していたので、あんまりモニターを見られなかったけど、モニターをずっと見ていても楽しめたと思う。こんなに大きな会場で単独ライブを見ることがあんまりないのもあるけど、メンバーが最初に出てきたときの歓声と、すごいものが来た感は、初体験の感情だった。

リアムはナイキのトレーナーにジーパンで「え!?ラフすぎ」ってなった。ずっと動いていて、脚捌きが華麗だった。「これあってるのかな?」って言いながら頑張って日本語を話そうとしてたのがかわいかった。
ゼインは、視界に入ったとたん「何この美しい生き物!」って興奮した。最初は髪を下ろしていて、目にかかる長い髪がセクシーだった。途中から結んできて、ちょんまげみたいになっていたけど、まあ。そして、シャツを着替えて針子みたいな柄のTシャツになって出てきたときは、腕のタトゥと柄が混同して、どこまでが袖かわからなかったよ。どんなにイケメンで歌がうまくても彼の趣味には同意しかねる。でも、生高音はやばかった。
ルイは上下ダークグレーでシンプルだけど、おしゃれな雰囲気。地味だと言えばそうなんだけど、頑張りすぎていない感が彼の魅力のひとつだと思った。
ハリーは、全身真っ黒で、ブーツだけ茶(他メンバーはスニーカーだった)。黒いから背景と混じって見つけにくい。アンコールでは髪を結んでた。ライブの前に「ハリーが1Dを抜ける」っていうニュースが出ていてそういう目で見てしまったのかもしれないけど、ハリーだけ他のメンバーとのからみがなかった。でも、その分観客へはずっと意識が向いていて、ステージの端にずっといたり、通り道のところでも横を見ていて、日本語もすごく話していて、1番コミュニケーションをとろうと積極的だったと思う。1番感動したのは、「ちょっとみんな静かにして」と言って、マイクなしの地声で「愛してる!」って叫んだとこ。すごく遠くの席だった私のところまで聞こえた。スーパーアイドルにこんなことされたら嫌いになれない。
ナイルは1番好きなメンバーなので、良く見ていたからかもしれないけど、他のメンバーとのからみが1番多かったと思った。リアムと振りを合わせて踊ったり、使い終わったギターを置いた後、ルイがギターに向かって手を合わせたのを真似して一緒にお辞儀してたり、ゼインからは、突然パートを振られてマイクを突きつけられて「あ、あ、」ってなってた。かわいい。ギターを弾いたり弾かなかったりと準備が忙しかった。ギターを持つたびに、2、3人のスタッフに取り囲まれてマイク装着されたりしているのを動かずに待っているナイルがかわいかった。ナイルの印象はフィギュア人形みたいだった。ハリーやルイも脚がすごく細かったけど、ナイルの場合、お尻がすっぽりかくれるサイズのTシャツを着ていて、その下から棒が2本生えているみたいになってたってのもあるし、がに股ぎみで、立ち姿も猫背ぎみなのが人形っぽく見えた。両足一緒にジャンプとか、手をぶんぶん振る感じとか、動きもアニメチックで、ギターを弾いてないときのファンサービスもかわいかった。



初めから言われていた5年契約の話や、最近出てきたソロの話なんかもあって、このツアーが終わった後、彼らがどうなるのかわからない。途中スクリーンの映像に出てきた初期のMVの少年の面影を残しているメンバーが今はいないように、今回私が観たOne Directionはもうみんな青年になっていた。それでも他の後から出てきたグループに比べると、彼らの完成度の高さは桁違い。同時代にこれを超えられることはないと思った。だから余計に、それを手放してしまうのはもったいないと思ってしまう。きれいな思い出としてファンに残してくれるのか。待ち時間に流れていたMcBustedのMVを見ていて、後に再結成してもメンバー全員が揃わないグループにはなってほしくないと思った。

まとめ
The Vamps = ポップ
5 Seconds of Summer = ロック
One Direction = スーパーアイドル

さいたまスーパーアリーナ級の会場でメインストリーム歌手のライブを見る機会がほとんどないので(幕張メッセでブルーノ・マーズ、サマソニのマリンでリアーナとかが大きいところかな)、比べられないけど、まだ20代の洋楽アーティストがこんな大きな会場を満員にしてみんなが幸せになるようなライブをしてるってのを体験できてよかった。今後自分がこういう体験することはアイドル・グループではもうないと思う。
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