Gypsy 83 ~はみ出し者たちの自分探しの旅


大きな女の子の親友はゲイの男の子で、女の子は歌手だった母親のように歌うことを目標にしていて、男の子は衣装係で、そんな2人はお墓で遊ぶゴスで、大好きなスティーヴィー・ニックスを祝うNight of 1,000 Steviesに行くためにNYへ向かう話。女の子の方はモールの駐車場のプリントショップでバイトしているから、高校は卒業しているんだなと思ってたんだけど、途中で25歳ってわかってびっくりした。男の子は高校生の18歳。年の差……。でも女の子のが上だから、カミングアウトした男の子をお姉さんの立場で優しく見守れたのかも。2人が同じ年だったら、2人して倒れてしまったかもしれない。これは、オハイオからNYへ行くという田舎脱出ものでもある。その過程で、相手とぶつかったり、アイデンティティ崩壊に陥ったりなどのイベントがある。ゴスの格好をしてアイデンティティを形成している分、それが脆さにもつながっている。


女の子(Sara Rue)は自分を“Gypsy 83”と名乗る。歌手としての芸名でもあるけど、お母さんが彼女を置いて去ったことが深く心に傷として残っていたこともある。お母さんは夢を追ってNYへ行った。だから、NYへ行けば会えるかもしれないという望みもあった。大きな体でいることを恥じているような発言はないんだけど、歌手として舞台に立つ目標のために、ダイエットして痩せた姿を妄想していて、それも悩みのひとつだったのかと思った。人前に立つことに異常に緊張してしまうのは、小学生のときの発表会のトラウマがあった。そういった問題をそれまでは見えないように押しのけてしまっていたんだけど、この旅を通して、ひとつひとつ掘り出して、向きあってみて、自分というものをつくりあげていった。


男の子(Kett Turton)は自分のセクシャリティ、アイデンティティ、自己実現など悩み多き年頃。ゲイであることは自分も認めて、家族もまあわかっているけど、自分がゲイとして幸せに生きる未来が描けていなかった。バージンなのも悩みのひとつ。「初めてはヨーロッパのお城のようなすてきなところで……」って夢見てて、女の子に「私よりも女らしい」って言われていた。部屋にはスティーヴィー・ニックス以外にもモリッシーやロバート・スミスの写真も飾ってて、家に帰ったらミシンに向かうし、缶のバッグにカメラを入れてておもむろに撮影しているような子。学校の様子はほとんど描かれてなかったけど、授業が終わったとたんに学校を飛び出しているから、学校は好きじゃないのかな。NYに行って、自分と似たような同年代の子に出会って、いままで狭い世界で考えていたことが、視野を広げてみると、問題は別のものだと気づく。

後から、監督が自分の中でも10本のうちのひとつに入るくらい好きな作品『Edge of Seventeen』の脚本担当だったことがわかった。役の描写はなるほど、似ているところがあるかも。それ以外では、グレッグ・アラキっぽさがあると思った。好きな人は好きな世界観。



この格好でPanic! At The Discoを思い出した。


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